ハンガリー建築旅行3

2025.11.20

ハンガリー建築旅行3

2024年3月ハンガリー建築旅行
ハンガリー第2の都市デブレツェンから戻り旅の最終2日間にブダペスト市内を廻る様子です。

デブレツェンから戻り、アパートに荷物を放り込んだあとはドナウ川ほとりにある無料の展望台のジグラット(Ziggurat) に。
グーグルアースに写った渦巻きがそれで、「なんだろ?」と言うことで行きました。
旋状に外周を上がって行く動線で、左の入り口からは室内の展示室にはいれるようですが、この日は既に閉館時間(あるいは日曜なのでお休み)でした。
頭頂部に到着。
なかなか良いアイデアで構成されていて楽しい施設でした。

遠くにペテーフィ橋が見えます。
その展望台の横にあるのがブダペスト芸術宮殿(Müpa Budapest)です。
竣工は2005年3月で設計者はブダペストのZoboki Design & Architecture。

ハンガリーではほぼ例の無い音楽系と美術系の複合施設との事。
音楽ホール・練習室・美術館等々が入っています。
エントランスは磯崎新氏の岡山西警察署を思い出させます。
ブダペスト芸術宮殿(Müpa Budapest)のホワイエです。
現代美術館側に入りました。
この日はヴェラ・モルナール回顧展をやっていました。
ヴェラ・モルナールはハンガリー人メディアアーティストで、1924年生まれで2023年12月死去。
行ったのは3月でしたから、亡くなって2ヶ月を過ぎた頃でした。
ウィキペディアによると・・・
「モルナールは、コンピューター アートのジェネレーティブ アートの側面の先駆者であると広く考えられています。彼女は美術の実践にコンピューターを使用した最初の女性の 1 人」
との事。

パリを拠点に活躍されていたそうです。
自分達が写るブラウン管の列。
数年前に東京で同じような表現を日本人アーティストが展示しているのを見ましたが、その草分け的な人がハンガリーに居られたことを知りました。
さて、この日の夜から2泊する旅行3つめの宿でアパートタイプの部屋です。
広々していて、1週間くらいは居たい感じです。
2LDKで2人で2泊1万9千円程度。
キッチンには食器や調理器具もそろっていて「生活できる」レベルですが食材を買って料理するには日数不足でした。
LDKは中庭側に面しています。
向こう側の建物もリビングが中庭に面しています。
ダブルベッドの寝室が2つありました。
ベッドルームのベランダからは外の道路を見渡せます。
私の感覚からすると、中庭に寝室を面させて道路側にリビングを配置しそうな気がしますが、逆なんですね。
共同住宅の数十戸がアパートタイプの客室で、フロント機能は1階の道路に面した店舗風の場所でした。24時間フロントに人も居るようでしたので困ることも無く過ごせました。

こちらがアパートのURL
https://novabudapest.com/

ハンガリー6日目の朝は2泊するアパートを出発してブダペスト市内に出かけます。
イムレ・マコヴェッチ設計のビルです。
氏は教会建築が多いのですが、こちらはコンコルガン社ビルとの事。
イムレ・マコヴェッチ財団のHPで見つけました。
氏がビル物をデザインするとどうなるのかな・・・と興味があって訪れました。
やはり「普通」ではないですね。
竣工は1991年との事。
低層を通常の街並みに合わせて作り、上層を新しいデザインにする手法が80年代後半から90年代にかけて日本では流行っていました。(皮切りは横浜馬車道の現損保ジャパンビルだと思います)
他の国でもそうだったのかと(むしろ海外から日本に入った手法なのか?)時代を感じました。

さて、企業ビルなので入れません。
マコヴェッチ財団のHPには室内写真があります。
https://www.makovecz.hu/epuletek/comporgan-irodahaz-budapest-viii/
コンコルガン社ビルを後にしてブダペスト東駅を目指します。
こちらは途中の街並みで見かけた建築ですが、棟屋が独特ですね。
ブダペスト東駅が見えて来ます。
Y字路になった大きな二つの道路に挟まれています。
駅前の広場の下はサンクンガーデンになっていて周囲の道路から地下の歩道を通って駅にアプローチするようになっています。
また地下鉄の駅もサンクンガーデンにつながっていて、とても良く出来た動線計画です。
地上に歩道デッキで解決する日本とは対照的。
地下を掘ってお金が掛かるけど街並みを大切にしていますね。
西駅も良かったですが、東駅も格別。
地下階へ下りると外にあるサンクンガーデンへつながっています。
右でカメラかまえてるの私です。
ブダペスト東駅の北口です。こちらもまた素敵。
正面の奥の開口先はホームです。ホールから左右(東西)に廊下が延びています。
何処を撮っても絵になります・・・
東へ延びる廊下は少々朽ちてますが味が有ってイイです。
西へ延びる廊下。
2024年現在、ハンガリーはオリンピック誘致に向かってます。
そのため、駅は綺麗に補修や改修が行われているのだと思います。

さて、東駅を後にして次のターゲットへ街並みを見ながら徒歩移動です。
東駅を後にしてテヨキョリ通りを北上しレヒネルの代表作の「地質学研究所」を目指します。
その途中でお屋敷街を通りました。
それぞれ個性的な家が並んでいる通りです。
よく見ると住宅それぞれに説明のプレートが付いています。
スマホ翻訳で読むと、それぞれの家のストーリーが解り、なかなか楽しめます。
今も実際に住んでいる家のようです。
レヒネル・エデン設計の地質学研究所へ到着です。1899年竣工

地球の歩き方にも出ているほどレヒネル・エデンはハンガリーを代表する建築家です。
という訳でこの地質学研究所と郵便貯金局と工芸美術館(応用美術館)の3つは押さえどころです。
申し込めばガイドツアーもあるようです。
地質学研究所にちなんで貝殻などの化石の形の装飾がされていて、屋根はお約束の青い陶器で葺かれています。
この後はトロリーバスに乗ってレヒネル作の住宅を見つつ市立動物園を目指します。
シペキ・バラージュ邸へ移動です。
この家もレヒネル・エデン設計で1905年竣工で数日前に見学した市民公園の北側の道路に面して建っています。
レヒネル後期の作品でユダヤ人のシペキ・バラージュ氏のための家で現在は盲人協会が使っているとの事です。
中央のハートっぽい造形は郵便貯金局でも表現されていた形ですね。
この家も資料は非常に少なくて、それでもエクスナレッジのガイド本とLIXILが出版している「レヒネル・エデンの建築」に出ていて興味が湧いて見に来ました。
本に出ていた外観写真は古びていましたが、見学時は綺麗に修復されています。
ブダペスト市民公園の北西にある市立動物園です。
エクスナレッジの建築ガイド本「世界の街並みガイド5」によるとハンガリー建築家のカロリー・コス(1883年ー1977年)の設計による鳥小屋があるとの事。また、複数の建築家によって様々な施設が作られていると記載があり立ち寄りました。
建築旅行で「動物園?」と思うところですが、ロンドン動物園のペンギンプールの例もあるので一見の価値あるかもと。
動物園や遊園地のハリボテ感は無くて、普通に建築として真剣に作られているように見えます。
動物園なので動物が居ます。
こちらはハンガリー名物のマンガリッツア豚で霜降り率が高く2004年に国会で「国宝」に認定されたと。
でも、食用の家畜が動物園に居る訳で、日本的に解釈すると和牛が動物園で展示されてる感覚です。
建築ガイド本に出ていた象小屋です。
本に出てる写真は全体像でなくて、塔の右側の丸窓部分の2階まで。
建物を探していて園の人にたずねても’???どこ?」といったリアクションでした。
建物裏手側です。
モスクを模しているとの事で真剣勝負の建築でした。
通路の左側が象の展示空間で右のアーチの中にはカバが居ました。
右が裏側の入り口。
撮影時は現地の午前11時頃だったのですが到着時は閉まっていて、ちょうどカギを開けて展示開始の時でした。
ガラスフェンスの向こう側に象がいます。
シャンデリアのディテールです。
手が込んでます。
カバのエリアはハイサイドライトが効いてます。
ゾウ小屋を満喫し次は建築ガイドにもある鳥小屋へ移動します。
こちらが建築ガイド本にも出ている鳥小屋で設計者はカロリー・コス と デズソ・ズルメツキとの事。
室内の空間は展示物が小さめの鳥のため象小屋ほどダイナミックではありません。
外壁にあったプレートです。
1997年に記念建物に指定されたと記載があります。
海外で流行している記念碑的な動物園ではなくルーマニアのトランシルヴァニア派にみられる教会の鐘楼部を参考にしている形状との事です。
動物園の前にはハンガリー名物の温泉施設「セーチェニ温泉」があります。
「ハンガリーは世界でも有数の温泉王国」と地球の歩き方に記載がありまして入って見ることに。
入場券を買う(券ではなくてリストバンドが支給されます)エントランスです。
日本と違い水着を着て入るタイプで、手ぶらで来てもレンタル品があるようですが一応水着とサンダルを日本から持参してきました。
入場券代わりのリストバンドを端末に当てると着替える個室の番号が表示されます。
数人で使えるフェミリー用更衣室や電話ボックス程度の大きさの部屋など、数タイプの更衣室を選べました。表示されている181というのが私の更衣室の番号です。
我々は電話ボックス程度の1人用(複数人でも使っても良いようですが)の広さの更衣室を2つチョイス。カギはかかりますからカメラなども置いておけます。
日本的な感覚では温水プールの感じです。「プールサイド」にタオルやサンダルを置いて入浴します。
ところで、ここはスマホ程度なら持ち込んで撮影してもOKという事だそうで、防水パックに入れて持ち込みました。

水温は28度で気温は14度。スイスで入った温泉も温度はこんな感じでしたので熱々で入る国は日本くらいなのでしょうかね?

ブダペストには有名な温泉施設が数カ所ありますが、ここは庶民的な温泉で「映え」を求めて自撮りするタイプの人達はいませんでした。(まだ春前だからかも・・・)
ガイドブックにも記載のある名物の「風呂チェス」です。
子供の頃にフジテレビの「なるほどザワールド」で見たような記憶があるような、無いような・・・
温泉を出てホテルへ帰るため地下鉄1号線のSzechenyi furdo駅へ。
1号線は地下鉄として世界遺産に登録されています。
(ブダペストの地下鉄は旅行1日目で買った15日パスで乗り放題)

世界初の地下鉄はロンドンですがユーラシア大陸では初めての地下鉄ということで2番目に古いそうで、さらに電車の地下鉄としては世界初との事(ロンドンは蒸気機関車だったので)。
OKTOGONで降車。
これはキップに刻印を打つ機械。
キップで乗るときはこれで入場時刻を打ちます。

ちなみに券売機は地上の歩道にあり、駅の中に券売機などは無くてメチャクチャスッキリしています。
ホームから振り返るとほぼこの景色。
電車のある深さから、階段20段ほど上がると地上です。

ドアは木製でアンティークな感じです。
地上からの見返しです。
地面と地下の天井の巾が土被り厚ですが1m無さそうな厚みです。
この厚みの梁で道路や通行車両の重量をささえているとはスゴすぎます。

工法は開削工法(地上から掘って、埋め戻し、またはフタをする方法)との事ですが、かなり驚きました。ちょっと怖いくらいです。
温泉を出てこんな感じでアパートに戻りました。
一旦アパートに戻って温泉から持ち帰ったサンダルと塗れた水着を置いて夕方のブダペストの街へ再出発。

で、アパート近くにあった「カフェ・ニューヨーク」へ向かいます。世紀末のブダペストはウイーンと並んで中欧カフェ文化の中心だったとの事。
設計はハンガリー建築家のアラヨシュ・ハウスマン(Hauszman Alajos)で竣工は1894。

建築案内本で見つけたのですが地球の歩き方にも載っている観光スポットです。
建物はアナンタラ・ニューヨーク・パレスブダペスト という5つ星ホテルで、そのレストランとカフェの部分がここです。
早速入場です。
ネットの記事によると待ち時間がスゴイとありましたがシーズンオフの3月の夕方なので待たずにすぐ案内してもらえました。
運良くバイオリンの生演奏をしていて、さらに運良く演奏場所から2列目のテーブルに通されました。
パートナーがオーダーしたケーキのセット。
私はミントティーを飲みました。
1層下にもホールがあり、こちらはディナー用となっているのかなと?
地上レベルにあるカフェエ部分と上手く同線別けて計画されてました。
カフェ・ニューヨークから徒歩で15分ほど南下。
建築ガイド本にも記載のあるドハーニ通りのシナゴーグに到着です。
この日は既に閉館しているので、夜景外観だけ見て翌日再度訪れます。
裏通り側から中庭が見え綺麗にライトアップされたインスタレーションがありました。(翌日入館して見るとある記念碑でした)
後廻しにしていたチェックすべき建築をめぐります。
こちらはロジャヴェルジ・ハーズ(店舗+住宅)で1911年竣工。
設計者はR.ベーラ(Lajta Bela)
レヒネルなどハンガリー独自の建築デザインからモダニズム建築への架け橋的建築家との事。
(出典 エクスナレッジ 世界の街並みガイド5)
こちらは前写真の建物の1戸隣りにあるトルコ銀行。
1906年竣工のアール・ヌヴォー建築。
2階の大開口が総硝子窓で目を引きます。
頭頂部のモザイク画は「ハンガリーの栄光」という題名だとか。
トルコ銀行からブダペスト中央広場へ抜けて近くのヴィガドーホールを目指して歩いていると、素敵な回廊を発見して中へ進むと・・・ここがヴィガドーホールでした。
833年に建てられた折衷様式建築デザインのコンサートホール。最上階にはイスラム風の格子がデザインされ、彫刻にはハンガリーの歴史上の人物が彫られているとの事。19世紀後半の社交界の中心地だったそうです。(出典 エクスナレッジ 世界の街並みガイド5)
夜景で見られてなおさら綺麗です。
途中の街角で「日本」を発見。
真田広之さんのSHOGUN 将軍 の広告でした。
アパートに戻って万歩計を見ると3万歩を超えてました。
この日もヘロヘロに疲れました。
と言うことでハンガリー旅行6日目が終了しました。
ハンガリー建築旅行最終日の7日目。
アパートをチェックアウトして荷物をフロントに預けた後はブダペスト市内で見落とし物件をハシゴして見て廻りました。で、写真はウーイ・シーンハーズ(新劇場)。
竣工は1909年で設計はレヒエルの弟子にあたるライタ(Laita Bela)です。
頭頂部はアールデコ調で当時ハンガリー領だったスロヴァキアのルネサンス期に見られる破風を意識しているとの事。(出典 エクスナレッジ 世界の街並みガイド5)
白い平坦なファサードと頭頂部のアールデコデザインの対比がとても効いています。
モダニズムの到来を感じル時代の作品ですが、2020年代の現在にも引用したい構成と思いました。
エントランスのポーチです。
天井が豪華ですが過剰すぎず品ある色彩と感じました。
旅行1日目で見かけたトラムの2番。
ドナウ川沿いを走り是非乗りたいなと考えていて、旅行最終の7日目に時間を作って乗りました。
写真は始発駅になるマリ広場乗り場です。
国会議事堂の東側をトラムの2番で(音が出ます)
2番のトラムでドナウ川沿いを走る。(音が出ます)
車窓を楽しみながらドナウ川を南下しました。
2番トラムでドナウ川沿いの景色を見た後は 「Haller utca / Soroksári út」駅で降りて5日目の夕方に行った芸術宮殿へお土産を買いに行き、そのまま徒歩で工芸美術館を目指しました。
その途中で通ったアッシジ教区聖フランシスコ教会の広場。
ひょうたん型の棟屋とペントハウスの窓の組み合わせがイイ感じ
建築ガイドにも地球の歩き方にも出ているレヒネル・エデン設計の工芸美術館に到着しましたが・・・2024年3月現在で改装工事中。
足場シートに建物外観の絵が描いてあり、遠くから見ると・・だまされます。
室内には美しいアトリウムがあり(写真は地球の歩き方)見学したかったポイントでした。
さらに歩いて前日の夜に外観夜景を見たドハーニ通りのシナゴーグに到着。
「シナゴーグ」とはユダヤ教の会堂を意味する言葉。
ドハーニ通りのシナゴーグは欧州最大級の大きさで設計者はルートヴィッヒ・フォスター(Ludwing Forster )で竣工は1859年。

過去のハンガリーの経済・文化にはユダヤ人が大きな貢献をしていて、その勢力を表現する建築なのだそうです。

入り口でボディチェックを受けて入場です。
ユダヤ教の会堂へ入る時は男性は皿状の帽子「キッパ」をかぶります。
これは観光客用に入り口で配られたキッパです。
こんな風に丸めると・・キッパになります。
男性のみ、これをかぶります。
入り口でボディチェックを受けて入場です。
豪華な仕上げですが、よく見てみると・・・
大理石に見えた模様がまさかの筆書きです。
ユダヤ人の合理性を理解できたような気がしました。個人的には大発見です。
経済の中心にユダヤ人が多い事に納得できる発見でした。
席にの木目も筆書きのように見えます。
ドハーニ通りのシナゴーグ中庭にあるオブジェ。
前日夜にライトアップされ柵越しに見たものです。
で、これは、単なるオブジェではなくてホロコースト記念碑(生命の木)でした。
木の葉っぱのように見える金属辺には一つ一つに名前が彫り込まれていました。
製作者はハンガリーを代表する彫刻家のウァルガ・イムレの作品との事。

パレスチナの事もあったりで色々考えさせられます。
ドハーニ通りのシナゴーグを見た後は地下鉄の駅を数カ所一気見しました。
写真は地下鉄4号線のKalvinter駅です。

前にも書きましたがブダペストの地下鉄1号線は世界遺産に登録され、世界で最初に完成した電車による地下鉄との事。

1号線は古風な駅が多いですが、4号線は近代的な駅が多く見て廻りたいと考えていました。
ちなみに4号線は2014年開業で1号線は1896年開業です。
エスカレーターはシルバー色・グレー系で統一されていて非常にクールです。
地上の古典的な街並みと対照的に超近代的な空間が広がっています。

躯体のコンクリートの間をエスカレーターが上がります。
どなたの設計でしょうか?振り切っていて気持ち良いです。
このあと数日前に見た東駅へ移動
ブダペスト地下鉄4号線の車両カラーは白。
フランスのアルストム社製との事。
Wikipdediaによると4号線は自動運転だそうですが現地で運転手の有無には気がつきませんでした。

そう言われて見ると運転手らしき人影無いですね。
東駅に到着。
元共産圏だからか広告類が貼ってありません。
スッキリして見えます。
ブダペスト地下鉄4号線の東駅のホームです。
天井付近にハイサイドライトがあり自然光が入っていました。
それにしてもキレキレデザインのホームです。
ホームへ下りる方向の写真です。
大きな地中梁の下面に照明がはいってます。

ハンガリーではエスカレーターは左空けを多く見かけます。
というよりも、一人で乗る人で右利きの人が自然と右側に乗るので結果として左が空いている感じかも知れません。

一人で乗っているのに左側に居る人はほぼ見かけなくて、2人やグループは両側に乗っています。

我々世代が中学生か高校生時代に「西洋ではエスカレーターは片方空けて急ぐ人にあけるんですよ」とテレビで有識者の皆さんが言ってましたが、右利きが右に立つ現象をそのように解釈したのかもしれないですね。
地上(サンクンガーデンの階)の地下鉄入口です。いわゆる改札口ですがゲートは無くてチケットの刻印機が4本立っていて、係員も居ません。
東駅のサンクンガーデンです。
左のピロティになっている所に地下鉄を見下ろすハイサイドライト窓があります。
さて、この後はお土産を買うために中央市場へ地下鉄4号線で移動です。
Fővám tér駅で4号線を下りて地上へ登ります。
トップライトのディテールが美しい!
ガラスを支える鋼材が日本なら規格品を使うので荒い感じになりますが、ここは綺麗で専用設計に見えます。
上から見返し。
梁が3層になっています。
東京のように地下鉄が13本もある訳ではないので一つ一つの駅にエネルギーが注がれています。
贅沢な作りです。
フェーヴァーム広場駅から歩道を進むと市場が見えてきます。
竣工は1897年で設計者はブダペスト工科大学の教授との事。
歩道沿いの回廊から入ります。
1階は食料品で2階にお土産屋とフードコーナーがありました。
地下はスーパーマーケットになっていました。

訪れた時間は午後早目ということで1階はすいていました。
地元の買い物客は地下を多く利用するようです。

3月で観光シーズン前という事もあり市場の中は落ち着いていました。
パプリカです。
ハンガリーではパプリカで味付けされている料理が多いので地元の人用からお土産用までパッケージが豊富です。
外は重厚なファサードですが内部は軽やかな鉄骨造の大空間。
フードコート的にお店が並んでいますが、この後レストランを予約してあるのでここは我慢で見るだけです。
このあと地下のスーパーでお土産を少々買って、予約をしてあるレストランへ移動しました。
中央市場から予約したレストランへ移動しつつ近くの教会をチェック。
「世界の建築・街並みガイド5」に載っていたファソーリ改革派教会(ヴァーロシュリゲト通りのカルヴァン派教会)です。竣工は1913年。
同本によると設計者はアラダール・アルカイでブダペスト工科大卒業。

ちなみに・・・この教会はフィンランドのナショナルロマンティシズムから影響を受けているとの事ファサードがヘルシンキの国立博物館に似ているとか。(これも前記のガイド本から)

実はハンガリー語とフィンランド語は言語系統が同じなのだそうです。
金色の使い方が上品です。
エントランスのドアの装飾がアジアっぽい。
さて、室内は改装中でした。
シーズンオフの3月ですから仕方がないですね。
予約したレストランの時間に調整するためレストランの周りを散歩していたところ、フィアット125を発見。
おそらくポーランドでライセンス生産された個体ではないでしょうか。

フィアット125は1966年デビューで欧州カーオブザイヤー受賞の名車。
日本にも西武自動車が輸入していたそうです。

社会主義国で多くライセンス生産されたクルマで中東や南米でも多く走っているそうです。
さりげなく普通に乗ってる感じが素敵です。
そしてこちらも時間調整の散歩中に見かけたポスター。
空手も人気の模様。
ブダペストでの最後の食事ということでレストランに。
ハンガリー名物のマンガリッツア豚のステーキが有名なお店です。

お店のURL
https://kiraly100.hu/king100restaurant/

夕方の3時半ごろに行きましたので我々の他にはお客さんは常連さん2組だけでした。
お料理登場!
ハンガリー名物のマンガリッツアブタのステーキです。
動物園で見たブタさんの記憶がよぎります。

食事を終わらせ、宿泊したアパートのフロントに預けた荷物を取りに戻り、空港バスへ乗車です。
7日目の移動ルートです。
ハンガリー旅行最終日はブダペスト市内で見落としていた所を廻りました。

翌日は朝4時半出発の便なので、夕方の内に空港敷地内にあるホテルに移動です。
E100系統の空港行きバスに乗り込みます。
一人2200フォリントでしたので1100円ですね。
ブダペストの街も見納め・・・
街の配置もだいぶ理解した頃に去るのが残念です。
空港バスに1時間ほど乗ってリスト・フェレンツ空港のホテルへ到着。
空港見学は翌朝することにして早速チェックインして就寝です。
ホテルの部屋から撮ったリスト・フェレンツ空港全景です。
左下の渡り廊下を歩いて空港と行き来します。
1階の車寄せのバス亭まえに到着したのが7日前の事。
1週間の滞在を終えて2aターミナルの2階出発ロビーへ向かいます。
午前6時出発の便なのでとりあえず1.5時間前の4時半にチェックインしました。
この写真はゲート内の空間です。

設計者は検索しても見つけられませんでしたがとにかく見学。
大きさとしては福岡空港くらいのイメージかなと思いました。
帰りはブダペストからアムステルダムへ向い、成田行きへ乗り換えです。

ちなみに座席指定は有料でブダペスト〜アムス間は1900円/人でアムス〜成田間で4900円/人です。
往復2人で座席指定すると2万8千円ほどアップです。
高いですねえ。。。。

窓側席を取って、離陸時にあわよくばブダペストの上空写真を撮りたいなと。
さて、フォリントが使えるのもこの空港まで。
現金を使い切らないといけないので売店を物色(といっても機内持ち込みできる物でないと・・)
ポテトチップやスナックを買って小銭を消費。
今回ハンガリー旅行は3月5日朝出発で14日朝帰国。正味7日間です。
ブダペストだけ見て廻ったのが6日目と7日目でした。
高速鉄道が無いので地方への移動に少々時間がかかりましたが楽しい鉄道旅も経験できました。
上空へあがると目論見通りブダペスト市街地が見えました。
鎖橋やマルギット島がはっきり見えます。

ハンガリー建築はもちろん、ハンガリー人の皆さんのシャイだけと親切な人柄も感じました。
お店で「クッサナム!」(アリガトウ)なんて言うと皆ニコッと微笑むところもちょっと良かったです。

さらばドナウ川。

終わり

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